声
VOICE
 
  • 2003年4月、関西インターナショナルスクール幼稚園部に入園してから、9年が経ちました。

    学校も塾もずっと送迎の毎日でしたので、今年の4月からそれもなくなるのかと思うと少しさびしい気もします。とうとう、関西インターナショナルスクールを卒業する日が来てしまいました。 関西インターナショナルスクールに入園した時は15名のクラスでスタートしました。

    当初は先生がよく変わったり、少しずつクラスメイトも減ったりして、大丈夫なのかな?と思いつつ、バイリンガル教育にとても興味と魅力を感じていたので続けて通わせていました。

    まだ幼稚園でしたので、勉強面では特に不安は感じてはいませんでした。それよりも学校では英語、家では日本語の環境を続けたいという気持ちが強かったと思います。

    小学部にあがる段階で、息子の学年は特に私立中学への進学希望者が多く、当時の初等部の国語科(明確に国語科というものもなかった)に不安を感じ、初等部に進んでは中学受験もできるかどうかわからないと考えた父兄が多数いて、ほとんどの同級生はバイリンガル教育を諦め、私立小学校へ進学しました。初等部にあがったのは息子を含め、たった3人でした。

    でも、私は私立中学への進学を諦めたわけではなく、逆に強く希望している一人でした。バイリン ガル教育も諦めたくなかったし、ミュージックスクールで習っているバイオリンも諦めたくなく、二兎追うもの一兎も得ずということわざがありますが、三兎 追って三兎を得る!と決心していました。しかも、私立小学校へ進んだ子より上位校へ合格させようと決めていました。

    インターナショナルスクールを選んだから、学力がつかなかったとは思われたくなかったのです。

    そして、当時は私も学校のJapaneseの授業には不安がなかったわけではありませんでした。だから、息子は1年の時から谷九のFELIXへ通わせて、学習面の抜けがないようにしていました。

    3年生の秋に息子はとうとう学年で一人になってしまいました。

    どのように扱われるのかとても不安でしたが、塾に通っていたことで多少学力がついていましたので、きっとついていけるだろうという先生方のご配慮で、上の学年のクラスに入れてもらう事になりました。

    そして、その頃、もう一つ考えることがありました。

    FELIX ではその頃1組の上位にいたのですが、どうみても難関中学を狙っていけるレベルではありませんでした。上位にいることで息子が満足しているようにも見えました。これではいけないと思い、隣の希学園に転塾することに決めました。希学園は最難関を狙う子ばかりが通う塾でしたので、そこに行けばおそらく息子は真ん中くらいのレベルで、上には上がいるということがわかるだろうと思ったからです。

    受験生の母は考えることが同じだったようで、ふたを開ければ、FELIXで息子を含め上位5人くらいはみんな同時に希学園に転塾していました。

    4年生からは過酷な受験勉強が始まりました。その頃には受験校もだいたい定まってきていました。私は英語教育に重点をおく学校は選びませんでした。

    日本人の大人が苦手である、ヒアリング、スピーキングの能力は小学校の間で十分身につくと考え、その先社会に出て使える英語を学ぶには、やはり本人が必死で勉強できる学力を身につけるべきだと思ったからです。 4年生の間に主にしたことは、学校見学でした。息子と一緒にいろんな学校に行きました。4年生の段階では学校を見せても、まだ具体的に学校を選ぶ力は息子にはありませんでしたので、私が特に気に入っている学校のいいところをたくさん話、こういうところがいいよね、あそこが素敵だよね、あの先生おもしろそうだねなど、たくさん話しをしました。本人は4年5年のうちはまだ受験というものにピンときてなくて、ただ目の前の宿題に追われているという感じでした。6年になったら忙しくて学校見学もいけなくなると聞いていたので、4年5年のうちに全部済ませました。体育祭や文化祭にも行きました。

    6年になる頃から息子は年齢とともに自分でどこの学校を目指したいと言うようになってきました。

    緑に囲まれた関西インターナショナルスクールで育ったこともあり、大通りに面した、近代的な建物の学校は特に行きたがりませんでした。中に入ると頭が痛くなる・・・と言っていました。

    そして、奈良県の緑いっぱいの高台にある2校を特に気に入っていました。6年になってすぐに日曜日は志望校別特訓が始まり、志望校別のコースに分かれます。最初は条件も甘いので、息子の偏差値でも夏までは東大寺コースにいることができました。

    しかし、宿題はこなしていても、成績は一向にあがらず、勉強の質が悪いのではないかと心配になってきました。特に理科の成績がどんどん下がって行くので、7月から、園内塾の先生にお願いして、理科を見てもらう事になりました。まずは点が取りにくい力学・水溶液の計算問題を重点的に、それから志望校別特訓の復習を徹底的に繰り返ししてもらいました。 8月からは星光コースに変わっていましたが、理科特訓の成果はすぐに表れ、星光コース60人中で理科はいつも1位か2位でした。途中で先生が変わりました が、前の先生が大雑把に穴埋めしてくれた後の細かい基礎的な抜けなどを丁寧にチェックしてくださり、理科は最終的には一番安定してレベル相当の点数が取れ ていたと思います。算数はもともと4科の中では一番できていて、志望校レベルの偏差値は取れていたのですが、秋頃から実際に入試問題を解き出したら、おそらく躓くのではない かと思い、算数特訓も8月からはじめました。

    算数は奥が深く、ワザ・テクニックを知っていればいるほど簡単に解ける科目です。ただ、高度なテクニックは灘コースの上位クラスの子にしか教えてもらえません。算数特訓の先生は最上級問題集を使ってワザ・テクニック・定理などをたくさん教えてくださいました。算数は兎に角より多くの問題をいかにワザを駆使して解くかです。入試直前までバンバン問題を解く日々が続きました。

    最後に国語・社会は園内塾の国語の先生に秋頃からお願いしました。実は息子は4科の中で一番国語が苦手で嫌いでした。国語が足を引っ張ることがほとんどでした。

    今更読解力がつくとは思いませんでしたので、語句・漢字を中心に簡単なレベルの学校の入試問題から始まって、だんだんレベルを上げて東大寺レベルの入試問題までをやってもらいました。

    夏以降、希学園からも暗記プリントをかなりやらされていて、それほど得意ではなかった社会も急に点が取れるようになってきました。最後は国語の先生に社会の暗記の抜けがないか確認してもらったり、参考書の中からポイントをみつけてもらったりしていました。そして入試直前にはバラバラだった4科の成績も国語が若干足をひっぱっていたものの、割と均等に点数が取れるようになってきて、直前のプレテストも東大寺以外は合格が出てました。

    塾のベーシックの勉強だけでは入試問題は解ききれません。夏以降の志望校別特訓の宿題(すべて入試問題)をいかに徹底的に復習して、復習テストで高得点をとるかで、年末年始の入試対策についていけるかどうかが決まります。

    なんとか星光コース0組をキープできたのはすべて園内塾の先生のおかげです。

    そこまで行っていても、当日の問題のあたりはずれで合否が決まってしまうので本当に入試は最後は運だと感じました。そして行くべき学校の入試ではしっかり運がまわってくるんだなぁとも感じました。

    合格できた西大和学園は昔からの名門校である東大寺学園や星光学院とは違ってまだまだ新しい学校です。毎年説明会に通っていましたが、毎年同じ説明をしている東大寺と星光とは違って、西大和の説明は毎年違うものでした。日々いろいろなことに挑戦し、よいものをどんどん取り入れ、変化に富んだ学校です。ある意味、関西インターナショナルスクールとよく似ていると思いました。今後は英語教育に力を入れていくとのことなので、西大和に通うことで、今までKISで勉強してきた英語を、さらにレベルアップできそうな感じがいたします。

    息子にぴったりな、いい学校に合格できて本当によかったと感じました。

    希学園だけではきっとここまでこれなかったと思います。 園内塾の先生方には本当に感謝しています。

    受験のことばかりになりましたが、関西インターナショナルスクールにはほんとうにたくさんの楽しい思い出があります。少人数制で、皆、幼稚園部から通っているので、深く長くお付き合いできて、一生涯のお友達がたくさんできました。子供たちはもちろん、家族ぐるみでキャンプやスキーに行ったり、フェスティバルでお父さん達を中心に焼き物を売ったりスポーツデイではみんな集まってお弁当を食べたりして、本当に仲良く過ごせました。 卒業してからも、今までと変わらず、キャンプやスキーに行ったり、飲みに行ったりしていきたいと思います。