Lab News 2022 Vol.3
いじめ予防プログラム
8月22日(月)、初等部・中高等部の教員とスタッフの全員を対象に、いじめ予防プログラム「Triple-Change: ベーシック」を開催しました。また、9月21日(水)、22日(木)には、教員研修と関連して、子どもたち・教員・保護者向けのプログラム「BE A HERO」を開催しました。
我が国のいじめによる子どもたちの傷つきは、非常に深刻で重大な問題です。令和3年10月の文部科学省の報告によると、いじめの認知件数は、平成27年から急激に増加しています。平成25年に「いじめ防止対策推進法」が施行されたにもかかわらず、子どもたちが、いじめを苦に尊い命を落とすできごとを受け、平成27年に組織的な対応についての方針が通知されました。
(文部科学省, 2020年)
この急激な増加は、高等学校通信制課程も調査対象に含まれるようになったこと、また、いじめの定義そのものが変更されたことや、その後も様々な方針やガイドラインが発表され、学校や教育機関がいじめに気づくことができるようになってきたことが影響していると捉えられます。
しかし、いじめを認知した学校の数は、小学校で86.4%、中学校で82.2%、高等学校で54.5%
何を意味するかというと、「あなたの学校で、いじめはありましたか?」と聞かれて、「いじめがありました」と答えた学校が半数〜8割で、その他の学校は「いじめはありませんでした」と報告しているということです。
どのような調査をして、どのような行動を「いじめ」として認知し、どれくらいの数の教職員が子どもたちのいじめに「気づいた」か…少しモヤッとします。(図1)
図1(文部科学省, 2020年)
また、対応等により、年度末においていじめが解消したと報告している学校は、小中高と特別支援学校の全体で77.4%、残りは取り組み中、と報告しています。
図2(文部科学省, 2020年)
普段見聞きするニュースや報道番組の情報は非常に衝撃的ですが、調査の結果により、見えてくる実態もあることがわかります。
関西国際学園での取り組み
KIA初等部・中高等部では、正しい知識を得て、理解をもって行動を変え、学校風土が変わることで予防できるという研究エビデンスをもとに作られた教員向け研修「Triple-Change: Basic」を数年前より取り入れています。
この教員研修では、次のような内容を学びます。
いじめの定義:法律・文科省・研究による定義
「いじめ」とは
「反復と力の不均衡によって特徴づけられる攻撃行動の一部」「ひとりまたはそれ以上の者のネガティブな行為に、連続して、長期的にさらされること」(Olweus, 1991, 1993)
【いじめにつながる行為やサインに気づくためのキーワード】
- 心身を傷つけるようなネガティブな行為
- 反復性
- 継続性
【いじめを深刻化させる状況:キーワード】
いじめを深刻化させる状況:力の不均衡・間違った考え方(Thinking Error)
力の不均衡
人と人・集団と集団の間には、どうしても力関係ができてしまいます。大人の世界であれば:
- 上司と部下
- 先輩と後輩
- 仕事ができる人とできない人
- 人付き合いの上手な人とそうでない人
- お金持ちとそうでない人
- 男性と女性・・・など。
普段から気付いていて、その力を相手を痛めつけたりからかったりするような使い方をすると、「パワーハラスメント」となってしまいかねないので、知っていて普段から気をつけて行動する必要があります。特に、力関係が強い、または「上」の人たちは、要注意です。
子どもの場合、力関係がより曖昧で、私たち大人も経験してきたことだから、という考え方に陥ってしまい、子どもたちの傷つきや人の心や体を傷つけるような行動を黙認していしまうことがあります。年齢や発達段階によって違ったりもしますが、子どもたちの間の力関係によく見られるものは:
- 先輩と後輩
- お勉強ができる子と、できない子
- 運動が得意な子と、苦手な子
- おしゃべりが上手な子と、苦手な子
- 体の大きい子と、小さい子
- 友達の多い子と、少ない子
- 動きの速い子と、遅い子
シンキング・エラー(間違った考え方)
加害者によくあるシンキング・エラー
- 自分はリーダーだから、何をしてもOK
- 自分の方が「できる」から、何をしてもOK
- 以前にいじめられたから、いじめかえしてもよい
- 相手が笑っているし、喜んでいるからOK・・・など
被害者によくあるシンキング・エラー
- 自分が劣っているから、いじめられても仕方ない
- 自分さえ我慢していればよい
- 自分も以前いじめていたから、いじめられても仕方ない
- 嫌だけど、みんなが喜ぶから、からかわれてもよい
- 相手はリーダーだから、何をしても口答えできない
傍観者によくあるシンキング・エラー
- あの子にも問題があるから、いじめられても仕方ない
- 他の子もいじめているから、一緒になっていじめてもよい
いじめを数秒で止めることができる傍観者の力
いじめの影響:加害者・被害者・傍観者
いじめ加害者・被害者・傍観者の特徴
傍観者のちから:傍観者にいじめを一瞬で止める力があること
参考資料:教職員共済, 文部科学省, 学校を変える:いじめの科学
欧米のいくつかの学校で、子どもたちの校庭での遊びをビデオに録画したところ、「いじめと思われる状況のうち85%に、加害者と被害者以外の子ども、つまり傍観者がいた」(和久田, 2021)。多くの場合、いじめの現場を見ている子どもがいる、ということです。しかも、傍観者の多くは、何かしないといけないとは思っているけれど、どうしたらいいか分からない・何かすると自分もいじめられるのでは、と恐れている、とういことが分かっています。(Triple-Change: Basic, 2022)
事例検討(Triple-Change: Basic プログラムの内容から一部引用)
小学4年生のサトルくんは、やさしくて、動きがゆっくりな児童です。ある日、教室でサトルくんがひとりでいるところを見かけました。どうしたの?と聞くと、サトルくんは「タカシくんが帽子を忘れたので、取ってくるように言われたんだ。いつも僕が頼まれるんだ」と言います。たしかに、タカシくんはサッカーが得意で、最近はイライラしているようで、サトルくんに辛く当たっています。なぜいつもサトルくんだけが使い走りのようなことをされるのかと聞くと、サトルくんは「だって、ぼくがのろまだから、しかたないよ」と言いながら、目には少し涙を浮かべています。
- これは、いじめですか?
- あなたなら(担任・隣のクラスの担任・学年主任・管理職等)、どのように対応しますか?
いじめを予防するためにできること
- RTIモデル*で全体教育、いじめの定義といじめを深刻化させるキーワードを教えること
- 「や・は・た」スキルを教えること
や:「やめて」「やめなよ」と言う
は:いじめの状況からはなれる
た:「たすけて」と言う・いじめられている人をたすける
この研修プログラムは、静岡県浜松市にある「子どもの発達科学研究所」の所長/主席研究員、和久田学先生* をはじめとする研究者たちが、欧米のいじめ研究と、独自で行った日本全国の学校での調査、アメリカで科学的根拠があると証明されているプログラムをもとに、日本の実態に即してつくられています。
Triple-Changeとは、3つの変化によりいじめを予防するという意味があります。
- 認知を変える:いじめとは何かを知り、いじめにつながる行動や状況に気づく
- 行動を変える:正しい知識をもって、私たちの行動を変える
- 風土を変える:正しく行動できる人が増えることで、コミュニティー全体をいじめの起きにくい雰囲気にする
さらに今年度は、子どもたちと教員、保護者のみなさま向けに、Triple-Changeと関連するプログラム「BE A HEROプロジェクト」も開催しました。
今年度はさっそく、神戸校幼稚園部・初等部・中高等部の児童生徒、教員と、ご希望の保護者のみなさまで参加しました。
「HERO」とは、多くの研究で実証されている、いじめを止める・予防する考え方と行動の英語の頭文字をつなぎあわせています。
Help(ヘルプ):
助けてと言うことは、はずかしいことじゃない。いじめを見たら、助けよう。
Empathy(共感):
相手の立場になって、考えよう。
Respect(尊重):
どの人もみんな、大切な人。
Open-minded(広い心):
どんな人も、受け入れる努力をしよう。
(BE A HEROプロジェクト, 2022)
KIAでのいじめについての理解や対応の方法と手順は、教員・スタッフ・管理職一同で取り組み始めているレベルですが、学園関係者のひとりひとりが、正しい知識と理解をもって、より思いやりと共感のある言動がお互いにできるようになりたいと考えています。
*RTIモデル
参考資料:学校を変える いじめの科学p.120
参考文献:
子どもの発達科学研究所「いじめ予防プログラム TRIPLE-CHANGE」(https://kodomolove.org/business/course/prevention)
文部科学省(2020)「令和2年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」(https://www.mext.go.jp/content/20201015-mext_jidou02-100002753_01.pdf)
和久田学 (2021) 『学校を変える いじめの科学』日本評論社
BE A HEROプロジェクト(https://be-a-hero-project.com/)
S. Sugimori. Anatomy of child bullying in Japan 2: bullying in different cultures - differences and similarities in bullying between countries. <https://www.childresearch.net/papers/school/2013_02.html>