Lab News 2022 Vol.2
幼児期に子どものエージェンシーを育む
幼少期より子どもたちは「選択や行動は人生に影響を及ぼす」と理解し始めます。これは人間の基礎的な力です。自分の世界や出来事に変化をもたらすために決断し行動する能力は「エージェンシー(Agency)」と呼ばれ、子どもたちの健康やウェルビーイングにとって中心的なものです。エージェンシーはレジリエンス(困難な状況において適応する過程や能力、および適応結果。回復力)のある生涯学習者を育てることに役立ちます。
従来、子どもは社会と関わり、意思決定に参加する主体ではなく、保護される存在として見なされてきました。しかし近年、子どもと他者が共同して学習経験や学習環境を作り上げるなど、子どもの参画についての考え方が広まりつつあります。
子どもの権利条約では、世界のすべての子どもたちは自分に影響を与える決定について発言する権利を有するとうたっています。教育において「エージェンシーを育む」とは、学習における発言権、選択権、所有権を子どもたちに与えることです。学習者のエージェンシーが評価されれば、子どもたちは学習プロセスのパートナーになります。すべての子どもはエージェンシーを身につけられますが、エージェンシーを発揮したり、その可能性を最大限に活用するためには家族のサポートが不可欠です。
幼稚園部で園児のエージェンシーを育むために行っていること
私たちKIAは、子どもは有能で、多様な可能性や力をもつと考えています。この考え方は学園の教育理念にも反映されています。5つある人物像のひとつが「エージェンシー」です。幼稚園部では、子どもたちのエージェンシーを認めるだけでなく、エージェンシーを発揮し、自発的に行動する様々な経験を提供することが重要だと考えています。このエージェンシーを促進するために肝心なのは「バランス」です。特に幼児期においては、何でもかんでも子どもに任せるのではなく、教員は子どものエージェンシーを育むための指導や構造づくり、足場かけ(学習者が他者の支援を受けて問題解決に取り組んだ結果、その後も同様の課題を自力で達成できるようになるための支援)をしています。
KIA幼稚園部の教員が園児のエージェンシーを育むために行っている実践をご紹介します。
- 子どものアイデアや疑問、興味関心に沿って、子どもと一緒に学習経験を作る
- 学校行事における発表内容や子どもの役割など、行事の運営方法について子どもたちが意見を出し合うように促す(例:運動会、ウィンターセレブレーション、サマーキャンプ)
- 新年度や新学期には、教室のデコレーションや設営を子どもたちと一緒に行う
- 子どもたちが自分にとって重要な問題について意見を言えるように促す
- 子どもの提案や取り組み、アイデアに耳を傾け援助する
- 子ども自身が行う活動や学び方を選び決められるよう、機会や物理的な環境を整える
- 身の回りの物事を探究し、主体的かつ自立的な体験ができる機会を提供する
- 子ども自ら問題を解決できるように支援する
- 子ども自ら学習目標を設定する機会づくり
- クラスにおける合意形成のため、民主的な意思決定方法を採用する(例:多数決)
- 教員だけでなくクラスメートを学びあう仲間と見なし、尊重しながら援助やフィードバックを行うクラス文化づくり
子どものエージェンシーを育むために家庭でできること
子どもたちが初めてエージェンシーを発揮するのはいつでしょうか。それは家庭の中で自分が選択し行動することを学ぶときです。エージェンシーを育むための子育てとは、教員と同様に、子どもの「自律性」と「決められたルールや仕組み」という相反するニーズを両方満たす必要があるため、ある種の曲芸のようなものです。そこで、子育てスタイルが鍵となります。心配性で過保護な親は、子どものエージェンシーを損ねてしまうことがあります。一方で、情緒的に支え、積極的に関わりをもつ親は、子どものエージェンシーに好影響を与える可能性が高いのです。
子どものエージェンシーを支援するために家族ができることは、以下の通りです。
- 就寝時の読み聞かせの本や着る服など、子どもが自分で選べるようにする
- 「〜しなさい」という指示や答えを教えるのではなく「はい・いいえ」では答えられないオープンエンド型の質問で子ども自身に考えさせ、問題解決に導きつつ、自分で物事を決める経験づくり
- 料理やガーデニングなど、本格的でやりがいのある仕事と責任を与える
- 後片付けや洗濯など、家事を手伝う機会づくり
- 家庭での重要な決定事項に関する話し合いに、子どもを参加させ、家族の意思決定プロセスの一部として、子どもが自分の気持ちや考えを伝えられるようにする
- 子どもと一緒に練習したり、足場かけをして、子どもの発達や成長を支援する
- 子どもたちが失敗から学ぶことで、レジリエンス(回復力)や対処能力、挑戦する意欲を育めるように、失敗は「よいこと」であることを伝える
子どもたちは予測不可能で、相互の結びつきがますます強まる複雑な世界情勢を乗り越えていかねばなりません。子どもたちが21世紀の課題とチャンスに立ち向かう自信と問題解決能力、そしてエージェンシーを育むために、家庭も教育者も同様に責任を担っています。子どもたちを支える私たちができることから始めていきましょう。
References
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